Kobeが他界してから1週間。毎日SNSで流れてくる彼を偲ぶコメントやニュースによって現実だと思い知らされながらも、インタビューや追悼動画を観ることは、まだ出来ないでいる。
Kobeの名前を初めて聞いたのは今から20年前、高校2年の時だった。当時のキャプテンが「コービーがやばい」と言っているのを何の事やらと思って聞いていた。後にNBAを観るようになって、その意味を知った。
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「宇宙人みたいだ」
2008年の夏、大学院を卒業して全米認定アスレティックトレーナーになったばかりの僕は、シカゴのATTACK Athleticsでインターンをしていた。ボスのTim GroverはKobeのトレーナーとして長年コンビを組んでいたけれど、その年はオリンピックか何かの関係でKobeはシカゴにいなかった。
ある日、仕事をしているとTimに呼ばれた。付いていくと、そこには緩めのトラックスーツに身を包んだKobeがいた。フードを被っていた記憶がある。丁寧に挨拶と握手をしてくれたのだけれど、リラックスした服装と笑顔にも関わらず、無駄を削ぎ落した刃物のようなオーラに圧倒されたのを覚えている。把握しきれなかったその存在感を、当時の日記に「宇宙人みたいだった」と書き記している。幼い表現で恥ずかしい限りだが、正直な印象だった。
Kobeのトレーニングに直接関わった事は一度も無い。ただ、長年彼を指導したTimや共にトレーニングをした他の選手達から話を聞いているので、世に知られている彼のストイックな取り組みには何の脚色も無い事を知っていて、そこに深い尊敬の念をずっと抱いている。つい2か月前には「Kobeワークアウト」と名付けて朝4時からトレーニングをしたばかりだった。
Kobeの圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにする幸運に恵まれた。特に鮮明に覚えている試合が2009年のMSG記録61得点ゲームと、2015年のキャリアハイ17アシストを記録した試合。Knicksの選手・コーチ達があらゆる手を使って止めようとしても、優雅に得点を重ねる姿は、まるでダンスをしているかのようだった。
その6年後、アキレス腱断裂から復帰した36歳が、現役最高の選手率いるチームを相手にスコアリングではなくゲームメイクで対抗する姿に、61得点のような「試合を支配する」とは違う、「(バスケットボールという)ゲームを自分のものにする」という領域を見た気がした。
2016年、Kobeが引退したシーズン。彼のプレーを直接見る最後の試合が終わった時、気が付くと僕は深く頭を下げていた。
Kobeが引退後に発表した「Dear Basketball」。きっとバスケットボールからは、「Dear Kobe」を捧げられていると思う。ここまで向かい合ってくれてありがとう、と。
Kobeの事を知っているとは、口が裂けても言えない。ただ、他の人よりも、少しだけ違った角度で知っている事はある。それを伝える事は僕にできる一つの恩返しかとも思うようになっている。
アスリートとしてのだけでなく、彼が引退後に情熱を持って取り組んでいたユーススポーツ改善のための取り組みも、多くの人に知ってもらいたい。彼にインスパイアされて去年始めた情報発信のHPの更新や、先日行ったセミナー活動などを、今後もより一層強い志と共に続けていく。KobeをKobeたらしめた“Intensity”を、僕なりに受け継いで。
そろそろ、受け入れなければいけないと思う。それが出来ていないのは、まだ涙を流していないからかもしれない。1週間かかったけれど、文章を書いて覚悟が決まった。
まずは追悼動画を観て、別れを告げようと思う。
Thank you, Kobe
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